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「書くこと」の意味をあらためて考えてみた

今回は少し個人的なテーマがメインになる。
僕にとって書くことの意味の話。
そして、書くことに関わること(それこそ聞き書きとかね)を価値として世の中に見せたいひとにとって、特に学生にとって、「わたしにとって書くことってこういうことなんですよー」を表現できねばならない時代がきていると思うという話。

順々に話していきますぞ。

まず、僕の話。聞き書き作品だけでなく、例えば地域を紹介する文章を書いた冊子を作ったり、高校生向けに聞き書き甲子園の魅力が伝わる言葉を綴ったりとか、こうしてブログを書いたり、伝統工芸品を紹介するキャプションを書いたり、「書く」という行為に溢れた毎日です。それはかなり自分で望んでそうなっているなぁと思う。なんで書くんだろう?と考えてみると、僕にとって書くことは「救い」がテーマだということに気づく。

少し時をさかのぼる。

高校生の頃、学校と自分の関係を繋ぐことができず、高校に通わない時期があった僕は当たり前のように友達も少なかった。毎日図書室に行っては本を読み漁って、高校生を対象とした論文コンテストなんかに書いては送り、書いては送りという、言葉に埋もれた日々だった。高校3年で担任となった先生に、書くことを肯定してもらい、そこからポジティブになれて聞き書き甲子園に参加したのだ。書くことで自分という存在を確かめることができて、書くことで世界とつながることができた僕にとって、書く行為は「救い」が軸になってきた。

冒頭に戻ろう。僕にとって書くことの意味はなにか?
それはきっと、書くことを通じて自分と同じように、変わっていくひとびとの伴走者になりたいのだ。書くことを通じて、自分の存在を確かめ、自分の思考に潜水して、自己開示をして、自分という領域を拡げてゆく。そんな変化をおこしていくひとの支えになりたいのだ。僕1人が書くというよりも、書くひとに寄り添いたい。だからきっと、文章作品を1人でつくることとかよりも、みんなと一緒に取材して編集して紙媒体をつくっていく、ということに軸を置いている。そしてその紙媒体を製作する過程にどれだけ見えない仕掛けを設けて、その変化を確かなものにできるか。そんなことが文章校正力とか編集力とか以上に大切なことだと思ってる。

そして、再び冒頭に戻る。
書くことに関わることを価値として世の中に見せたい学生にとって、「わたしにとって書くということってこういうことなんですよー」を表現できねばならない時代がきていると思う。これはなぜか。

世の中的にもライターを名乗る人々が増えているのは肌感覚で感じる。ブログに限らず、ソーシャル系のwebメディアやキュレーションメディアなどなど、学生ライターやボランティアライターっていうのも年々増えてるよね。おそらく今後も増えて続けて増えきった先に、言葉や書くことの価値が強く問われる時が来ると思う。要は「みーーんな書いてるし、プロもアマチュアも差がよくわからないし、webメディア多すぎるし、結局書くこととか言葉でみんななにがしたかったんだっけ?」というような。

そうなった時に、聞き書きを軸として続けてきたわたしたち1人1人は、なんて答えられるだろうか?

答えは1つではないし、万人を納得させられる答えも必要ない。だけど、私にとってはこうなんだよ、ということをいつまでも言えることに僕はかっこよさを感じるのだ。
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